朽ちない冠を得るために (その1)


五月、早朝四時を過ぎるともう外は明るい。冷気が私を包み瞬時に爽快な気分になる。春夏秋冬、そして毎朝異なった表情を見せ刻々と変化していく宇天は、創造主なる神の壮大な芸術的作品であり絶対なる秩序（愛）である。
私は感謝の祈りをする。まもなく七十歳になる私に用があるわけでも無いのに、なぜ早朝に起きるのかといえば、朝が一番体調が良く、寝ているのが惜しくて思考の時としている。

私には太陽と星に五十数年来の深い感慨がある。私たち一家は昭和十九年早春、堺市が募集した開拓団に応募し、北満州に堺村を建設した*1)。敗戦の年、九月になっても私たちは開拓地から脱出できず、その日数百人の現地人の暴徒に包囲されていた。夕刻になり地平線を茜色に染め没していく落日。日本では観ることのできない、その美しさを今も記憶しているのは、翌早朝暴徒との戦いで頭を銃で撃たれたからである。翌年十五歳の四月、私たちは南満州の撫順市迄逃れ難民収容所に居た。当時中国は国民党軍と共産党軍が交戦中であった。国民党軍は郊外に陣地構築のため多くの日本人を徴用し、強制労働をさせた。
私も盲管銃創の弾丸による激しい頭痛と肋膜炎の発熱にさいなまされながら、二泊三日の苦役にかり出された。深夜眠れないため外に出ると、満天に宝石をちりばめたような星が輝いていた。その星を見つめていると涙があふれていた。堺村の人たちは殺害されたり、飢えと極寒で半数以上の人は死んでいる。私は自分の死が近いと思った。
絶望した目で星を見続けていると、お前は死なない必ず帰国できると、私を励ましているようにみえた。そして全ての星がほほ笑んでいる。私は次第に絶望から希望へと変わっていった。それ以後、様々な困難を克服できたのは、星のほほ笑み（愛）であった。この不思議な体験が教会に行く原点となり、創世記を読み創造主なる神に出会った。そして二十五歳で受洗した。


私は五人兄弟の長兄である。三十歳で末妹がようやく社会人となり、長兄の責務を果たしたと思い、療養所に入り右肺を切除する手術をした。退院の折医師に聞くと、お前の寿命は五十五歳ぐらいだろうと告げられた。その齢(とし)が近づき、長兄として養父の（私たち兄弟の実父は私の十一歳のとき死亡）献身的な働きにより帰国できたことを、弟妹に、そして私の息子にも、私がキリスト者になるに至った心情を伝えたく書くことにした。私の早起きはその時から始まった。出勤前の僅かな時間に執筆し九百枚ほどになり、医師が予告した齢をはるかに超えても私はまだ生きている。帰国後弾丸の摘出手術をしてもらったが、なぜか弾丸の先端部は頭蓋骨の中に残されたままで、後遺症との戦いが続いている。私は先端部のないその弾丸をときおり手にとり感慨にひたり、今日迄生かされてきたことを感謝する。考えればこの弾丸も神に出会えた原点でもある。

四十年前の肺の手術によるＣ型肝炎のなせる業か、近年急に体力が低下した。しかし教会に行くときは別人のようになると、妻は言う。家では怠状極まりない日々を過ごしている。このような私を、神はいつまで生かして下さるのだろうか。
この教会に転入会させていただき、まもなく二年になろうとしているが、聖日には欠かさず賛美と感謝の礼拝をし（「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。（ローマ人への手紙第十二章一節）」）、そして月に二回祈祷会に出席するのにとどまっている。
しかしコリント人への第一の手紙第九章二十五節に、「すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。」とあります。
私は走りつづけてきた。しかし、朽ちない冠をいただける者ではないことを自覚している。
神様どうか支えてください。どうか霊なる力をお与え下さい。

(1999.5)

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