●年齢の進み方について

（続き）

どちらの版においても、あずきの勇之助の恋心は話が進むにつれて着実に深まっていきます。原作ではそれが2人の年齢的成長に合わせて深化するのですが、アニメ版では2人の恋心のみが深まる一方で、2人の精神は最後まで小学5年生の子供のそれを保ったまま描かれています。オーバーな表現をすると、2人の恋愛はごく普通の小学5年生が経験しうる究極の姿の一つを見せてくれたことになります。
このため、アニメ版での恋心はあくまでも子供の世界の中での純粋な恋愛感情(と嫉妬)の範疇を越えることはありませんでした。中学生になって思春期を迎えた少女が感じる恋愛へと変容していった漫画でのあずきの恋心は、アニメ版では登場しなかったのです。
そもそも、それを描くような舞台が存在しませんでした。あずきたちの時計は小学5年生のまま止まっているので、彼女らを取り巻く世界もやはり小学5年生の世界のままです。本格的なクラブ活動等、漫画でのあずきたちが生活することになる中学生ならではの世界は、アニメ版には登場する余地がなかったのです。
この違いは地味ではありますが重要な相違点となります。この違いを無視してテレビ版を製作することは事実上不可能で、演出サイドはこの違いをむしろ活用することでアニメ版ならではの恋心の深化を描いていきます。もし、テレビ版の年齢設定のまま原作と同じような恋愛の進展を描こうとしても、その舞台が整っていません。結果としてキャラクターが不自然な背伸びをはじめてしまい、作品はたちまち不自然なものへと崩れてしまったでしょう。
年齢はそのまま、だけど恋する気持ちは「そのままの姿で」深まっていく--そうした一見矛盾するような困難な状況設定を、アニメ版の制作スタッフは望んだのです。アニメ版の味わいの基礎となる部分は、実はこんなところにあるのかもしれません。
これは確かに原作の漫画には見られない設定です。でも、見方を変えると、この部分がアニメ版で最も独自性を発揮できるところかもしれません。スタッフはそのことを十分に認識しながら、その上で漫画の世界観を崩さない作品づくりという、矛盾に満ちた困難な仕事に取りかかったのでしょう。
テレビの画面の中で元気に生活するあずきたちは、いつも小学5年生。彼らを成長させないままに物語だけ成長させるというのは、私達が考える以上に難しいはずです。あえて原作の魅力の相当な部分を切り捨てるという判断をしてまで、年齢を固定するという大幅な世界観の変更を行なったあたりに、テレビ版スタッフの作品に寄せる思いがあるように思えます。

これだけ原作の漫画と根本的な部分で異なると、TVアニメはずいぶんと原作から異なった作品になったとも言えるでしょう。実際、落ち着いて両者を比べると、その違いは歴然としています。でも、多くのファンの方々にとって、その違いは不快感を催すものではなく、むしろ自然なものとして好意的に受け止められているようにさえ感じられます。
それをもたらしているのが、アニメ版における「ゆとり」の存在なのですが、これについては後述することにします。