影の向こうに

でも、もしどこかの町がこうした場所ばかりであったなら、私達は夢や希望に囲まれるだけで、その存在に結局気づかなくなってしまうかもしれません…私達が普段空気の存在を気にも留めないように。フェナリナーサのような本物の夢の国なら、それでもいいのかもしれません。でも、私達が夢を夢と思わなくなってしまったら、その夢は果たして存在する価値があるのでしょうか? 夢や希望は、何かそれと比較できる物があるからこそ、それと分かるのではないでしょうか。
そんな哲学的な命題を持ち出すまでもなく、どこかの町においても夢や希望が叶えられない、あるいはそれらが疎んじられる場合が数多くあり、「モモ」の中でも度々描かれてきました。それは多くの場合、直接的なエピソードとして登場していたのですが、どこかの町そのものにも、そういった影の部分を感じさせる仕掛けが隠されています。

私がもっともそれを強く感じるのが、あの町並の景色そのものです。それはもちろんヨーロッパの古い街並みをかなり忠実に描いた物なのですが、ここで私が注目するのが、その色使いです。
戦争系を除く多くのアニメ(特にファンタジー系)では、その作品の舞台となる町はたいてい明るい色調で描かれています。例え古い町であってもどこかに原色のアクセントがあり、寂しいという感じがあまりしません。また、町にはさりげなく装飾があって、繁華街はもちろん、普段の人々の暮らしの場所もどこかしら華やかな雰囲気がしています。
でも、どこかの町は違います。表通りのごく一部を除けば、町は常にくすんだ色で描かれ、装飾はどこにも見られません。それは単に町が古いからというだけではないでしょう。本来華やかな場所であるはずの演劇場やスタジアムでも、確かに観客はたくさんいるのですが、建物の壁やそこに掲示されたポスターなどは、なぜか寂しげです。個人的に印象深いのが、クリスマスを控えた広場の飾りつけです。ちょっと見た感じはきれいに見えますが、やがてそこには私達が普段感じる華やかさがほとんど見られないことに気づきます。繰り返しますが、それはどこかの町の古い街並みの描写を徹底したことが最大の要因です。でも、その結果としてこの町の持つ暗さ、あるいは冷たさという物を強く暗示させる結果にもなっています。…え、さっきまでの論旨と違うって??
確かにその通りです。でも少し考えて頂ければ、一見すると全く異なる二つの印象が、実はこの作品を動かす車の両輪になっていることもお分かり頂けると思います。どこかの町のあちこちに見られる寂しさは、この町に暮らす人達を包み込んでいます。でも、彼らには夢や希望がある。だから彼らは光り輝き、この町はその光を受け取ります。そして、そんな場面を物語が描くとき、この町の景色は、それまで見せてくれなかった輝きを見せてくれるのです。一方で夢や希望を育み、一方でそれを受け取る、こうしたどこかの町の姿は、私達の世界の理想像の一つでしょう。
先ほどのクリスマスのシーン、そのどこか寂しげな広場でビラを配っていたサンタさんの赤い衣装がひときわ明るく見えたのは、私だけではない筈です。

こうしたこの町の仕掛けの延長線上にあるのが、町の郊外にある戦略空軍の基地です。どう考えてもどこかの町には似合わないこの施設、一体なぜあそこにあるんでしょう。どうでもいいことですが、少し屁理屈をこねてみましょう。
それは、この町が「本当の世界」にあるからです。こんな事を言ったら身も蓋もなくなるじゃないか、と言う前に、ちょっと考えてみてください。
私達はみんな夢を持ってはいますが、その夢は必ずしも他の人と同じとは限らない。時として他の人にとっては迷惑なことすらあります。それを認めあいながら自分の夢を追い求めるのが、人として正しい姿なのでしょうが、実際にはそんな夢のようなことはいつもできるとは限りません。
それがもっとも端的に現れるのが「戦争」であり、いってみれば戦争もまた夢の産物なのです。歪んだ形で具現化された夢の世界でモモが活躍するのが42話の本質であり、それがこの世界(つまり私達の世界でもあります)の現実を見事に言い当てているのです。
この物語では「軍隊」あるいは「警察」はある特殊な役割を担っていますが、その象徴として、この空軍基地はそこにあるのでしょう。

モモにとってもっとも身近だった町、そして「モモ」のもっとも重要な舞台だった場所、それがどこかの町です。この町がどんな所なのかを表現することは、とても難しい。それは、この町が私達の心の奥底にある言葉にならない部分を基礎として形作られているからです。そこに光を当てた時、私達がそこに見いだす物は、おそらく一人一人きっと異なることでしょう。
このコーナーでは、私なりの視点からそれを言葉に置き換えてみようと試みました。それが成功したかどうかは私には分かりません。ただ、私にとってどこかの町が今まで以上に親しみのある町になったことも事実です。それは、モモが夢見たことを私なりに追体験する作業に他なりませんでした。なぜモモがこの町にやってきたのか、今の私にははっきり分かる…ような気がするのです。
だから皆さんも、この機会にどこかの町を旅してみませんか? 地図なんか無くたって全然OK。あなた自身が地図であり、方位磁石なのですから。さぁ、大きく息を吸って、レッツゴートラベル!