ひらがなでいんぐりっしゅ

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ひらがなでいんぐりっしゅ --ウィーン 2001.3--

卒業旅行とおぼしき日本人の女性ペアが多少目立つものの、ここウィーンは春まだ浅いオフシーズン…生まれて初めての海外旅行はツアー会社にホテルだけ予約してもらい、あとは完全な一人旅となりました。緊張と不安と失敗の連続。それでも慣れというものは怖いもので、到着後2日も経つとそれなりに街をぶらぶらできるようになっていました。今日は朝からあいにくみぞれが降っています。それでも私は王宮を散策した後、美術史博物館へ向かおうと、元気よく(笑)王宮の広場を歩いていました。
途中、日本人アベックの写真を撮ってあげてからリンク(ウィーン旧市街を取り巻く環状道路)に出た私は、急にモーツァルト像が見たくなり、リンク沿いにブルク公園へと向かいました。歩道の前方には女性が一人こちらに向かってくるだけで、他には誰もいません。観光シーズンだったらこうはいかないはずなので、ちょっと嬉しくなった私はいよいよ元気に道を急ぎました。
その女性がどうやら東洋人のご婦人だということが分かるほど近づいたとき、彼女が
「Excuse me, if can you speak English, could you help me?」
と、とても流暢な英語で話しかけてきました。
げっ。私は周囲を見渡しましたが、オフシーズンの悲しさ、あたりには私の他に誰もいません。私は仕方なく彼女の求めに応じることにしました。
「いぇす、あいむおーけー。(嘘つきめと内心思ったのは言うまでもありません)」

このご婦人も私と同じ観光客で、どうやら道に迷われたようです。
「Do you know where is there?」
とか言いながら、私が手にしている市街地図をのぞき込みます。私は地図の一点を示しながら
「うぃ　あー　ひぁー、おーけー？　ゆー、あんだすたんど？」と説明するのですが、どうもうまくいきません。そこで私はガイドブックの大縮尺の地図をご婦人に渡し、思いっきりオーバーアクションで周囲を指さしました。
「うぃ　あー　ひぁー。でぃす　すとりーと　いず　ブルクリンク。ざっと　びっぐ　びるでぃんぐ　いず　"あーとひすとりかるみゅーじあむ"（美術史博物館）。あんど　でぃーず　ぐれーと　すとらくちゃーず　らいとあんどふぉわーど　おぶ　ゆー、　あー　"にゅーぱれーす"（右手に新王宮が広がっていました）。」
と言いながら、同時に地図上の建物も示しました。私の英語(?)というより身振りがよかったのでしょう、ご婦人はようやく安心した表情になって
「OK, I'm understand.」
と言ってくれました。やれやれ一安心。と、次の瞬間、ご婦人はまた質問をよこしてきました。3回ぐらい聞き直して、ようやく私は意味が分かってきました。
「Do you know the route to the museum of King's tresure? 」
えーと、国王の宝物の博物館って一体何だろう？　ご婦人が地図上で指さす場所を頼りにガイドブックを探すことしばらく、私は彼女が行きたい場所が「王宮宝物館」であることを知り、内心顔をしかめました。そこは私も見学したいのですが、今日は火曜日。王宮の中でこの宝物館だけは今日が定休日なのです（このため、火曜日は王宮への観光客がやや少なくなるので、王宮の他の場所を見学するには好都合）。
さて、これをどうご婦人に説明しようか。私は文字どおり頭をひねりました。苦悶する私をご婦人は心配そうに眺めています。…あ、そうだ、ひょっとして!?　私は賭けに出ました。
「どぅー　ゆー　あんだすたんど　じゃぱにーず？（←「Can」を使うことを忘れていた）」
ご婦人はにっこり笑って答えました。
「I'm sorry, I can't understand Japanese.」
「おぉ。ふぇあー　あー　ゆー　ふろむ？」
「I'm from China.」

万事休す。私はやむなく英語で答えることにしました。
「ゆー　ごー　あんど　たーん　らいと、あふたー　するー　ざっと　げぃと（向こうに見える門を指さす）、そー　ゆー　あらいぶ　あっと　でぃす　ぱーく（地図で英雄広場を指さす）。ざ　えんとらんす　おぶ　ざ　みゅーじあむ　いず　ひあー。」ここで私は一息つきました。
「ばっと　とぅでい　いず　てゅーすでい、ざ　みゅーじあむ　いず　ほりでい　とぅでい。」

何ともひどい英語（？）ですが、とにかく私はこう言って、肩をすくめました。ご婦人は、それでも私の言わんとするところを分かってくれました。
「Oh, that's too bad. I hope to see the kaisar-crown（ハプスブルク家の王冠=写真*)=のこと）and etc. ... I must depart from Wien tomorrow.」目をキラキラさせて残念がるご婦人の姿はまさに女性でした。古今東西、女性はいつでも宝石やら黄金やらに心奪われるものなのですね。
日程がないのは残念でしたが、でも今朝私が見学した宮殿もなかなかすごかったですよ。
「ゆー　あー　べたー　とぅ　ごー　とぅー　かいざーあぱるとめんつ(Kaiserappartments＝王宮内の「皇帝の部屋」)。いっつ　べりー　ごーじゃす　あんど　びゅーてぃふる。」
「Oh, I try to go to there later. I say thank you very much for your kindness. Your English is so easy that I'm all understand.(←ちょっと違うかもしれない)」
いや、簡単な英語しか話せないだけなんですが、と返事をしたかったのですが、そんな難しい文章はとても話せそうにありません。私はただ笑いながら
「ゆぁ　いんぐりっしゅ　いず　べりー　うぇる。」
とだけ答え、ご婦人も楽しそうに笑いました。ところで、そう、もうお別れの時間。私は最後にいつもの決まり文句を言うことにしました。
「そー、ぐっど　ばい!　ゆー　めい　はぶ　あ　ないす　とりっぷ!」
ご婦人は深々とおじぎをされて、私の横を通りすぎました。次の瞬間、私の背中越しに大きな声が聞こえてきました
「You, too. Good-bye!! 再見了!! さようなら!!」
「さようなら! ツァイチェンラ(再見了)!!」
お互いに遠くなりながら、ご婦人が門をくぐって見えなくなるまで手を振り続けていました。
気がつけば、ほんの数分の間にみぞれはやんでいました。私は再び誰もいない道を歩き始めました。心なしか、空気が春の柔らかさを増したように感じられました。
*)王宮宝物館内部は撮影禁止ですが、学芸員の方にお願いするとノーフラッシュを条件に撮影を許可していただきました。ご厚情に御礼申し上げます。掲載したピンボケ気味の写真はこの時のものです。


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