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一瞬のごあいさつ--山陽新幹線 2002.3--

日程の都合で早朝広島のお客様を訪問した私は、次のお客様がある佐世保に向かうべく、広島駅から新幹線に乗ることにしました。春休みど真ん中の週末、臨時に博多まで延長運転されるそのひかり号は、16両編成にもかかわらずほぼ満席。実は絶対に乗り損ねないようにと前日に座席指定を受けたのですが、それでも私は6号車の最前列「ぎりぎりセーフ」の席を取るのがやっとでした。
発車時間の5分前にホームに着いた私の前には、既にそのひかり号が停車していました。ありゃ、これは時計を間違えたか! 私は慌てて列車に飛び乗りましたが、今度はなかなか列車が発車しない。不思議に思っているとやがて隣のホームに500系のぞみ号が滑り込んできました。なぁんだ、ここで追い抜かれるのか、それにしても500系なんて珍しい…と納得した私は、珍しく車中で仕事をしようとパソコンを取り出しました。
ところで、このひかり号は「700系」という車両でした。ご存知の方も多いでしょうが、700系車両には各車両の最前列と最後尾にパソコン電源用のコンセントが用意されています。たまたま今日はその最前列の座席なので、私は電源コードも取り出してそれをひかり号のコンセントに取り付けようと奮戦していました(普通のコンセントと少し構造が違うのです)。
ふと私が気がつくと、通路の向かいの席から何やら視線を感じます。ようやくコンセントを取り付けた私が顔をあげると、そこには七つぐらいのかわいい女の子とそのお母さんが、けげんそうに私を見つめていました。どうやら、さっきののぞみ号から乗り換えてきたようです。あぁ、(次の停車駅の)小郡に行くのか。それにしてものぞみからひかりへの乗り継ぎなんてすごいなぁ。などと一瞬考えた後、私はそのままパソコンの電源を入れました。ちょうどその時、私たちのひかり号も広島駅を出発しました。
私がレポートを作り始めるとまもなく、女の子がさらに不思議そうに私を見つめるのが私にもわかりました。女の子は何やらお母さんに話しています。するとお母さんもこちらを見て、何か考え込んでいるようです。私は二人の事情がよく分からないまま、パソコンに向かっていました。
ややあって、お母さんが意を決したように私に話し掛けてきました
「あの、すみませんが、パソコン使っておられるんですか?」
「えぇ、そうです」
「いえ、この子に、ああしてお仕事しているのよって話してるんですが、そのパソコンから出ている線が何か気になってまして…」
一瞬、私は何を言われているのか分かりませんでした。
「えぇと、…あ、これですか。電源コードですよ」
「電源コードをどうしてるんですか?」
「ここのコンセントにつなげて使ってるんですよ」
その瞬間、女の子が小さな声で、だけど勝ち誇ったように言いました
「ほらママ、やっぱりコンセントだったでしょう」
え、そんなことが気になっていたのか。私はちょっと驚きました。でも、お母さんはもっと驚いたようです。
「あの、新幹線にはみんなコンセントがついているんですか?」
そう聞かれてみれば、確かにこんなことを知っている女性は少ないかもしれない。私は少しばかり説明することにしました(性格というものはこんなときでも隠せないものです)。
「新幹線の中でも、私たちが乗っている700系という車両の一番前と後ろにコンセントがあるんですよ。」
「さっき私たちが乗ってきたのぞみにもありますか?」
「あののぞみは500系車両といって、あれには多分ついてません。それから昔の車両にもついていません。だけど「ひかりレールスター」ならこれと同じ700系なので、やはりコンセントが付いています」
「レールスターってどんな列車なんですか?」
「新大阪から博多まで走っている8両編成の新型ひかりのことですよ。コンセントつきの席を「ビジネスシート」といって選んで予約できるんです。ご存知ありませんか?」
「私、家が横浜なので見たことないんです」
今度は私が驚きました。列車ダイヤから推測すると、この二人は朝の6時過ぎには新横浜の駅にいたことになります。いくら春休みの旅行とはいえ大変ですね。私はちょっと話題を変えることにしました。
「どちらまで行かれるんですか?」
「小郡で乗り換えて山口の田舎の方まで。朝早いのはちょっと大変なんですけど、この子電車に乗るのが好きなので…」

女の子はずっとはにかみながら私たちの会話を懸命に聞いていました。
「おじょうちゃんは電車好きなの?」
「好きです!」それまで黙っているだけだった女の子は、元気よく答え、間髪入れずに質問を返してきました「おじさんも電車、好きですか?」
子供に嘘はつけません「大好きだよ」
「ほら、やっぱりそんな顔してるでしょ、ね、ママ!」
お母さんは慌てて何やらもぐもぐ言ってましたが、もう私は仕事なんかすっかり忘れて、満員の車中で笑い転げていました。よほど私の顔が「典型的」に見えたんでしょうね。いや、ホント子供には嘘はつけません。
実はお母さんも旅行に興味があるそうで、つかの間の出会いは瞬く間に時間が過ぎ去りました。その間、女の子は一言も話さず、ただ会話を満足そうに聞いているだけでした。
やがて列車は小郡駅に近づき、二人は大きな荷物を抱えて席を立ちました。
「楽しいお話ありがとうございました。この子も勉強になりました。お仕事の邪魔をしてごめんなさいね」
「いえいえ、こういうのが楽しいんですよ」私は本心からそう言いました。「どうぞいいご旅行を。おじょうちゃんもさよなら」
「さよなら、おじさん」
列車がホームにつき、二人はデッキに消えました。すぐに発車ベルが聞こえ、私は「そんな顔してるでしょ」と得意げにママに報告する女の子の顔を思い出して笑いながら、仕事を再開しようとパソコンに向かいました。
ふと窓を見ると、さっきの女の子とお母さんが私の顔を見つめているのに気づきました。
列車が動き始めると、二人は私に向かって手を振ってくれました。女の子のかわいい笑顔が「さよなら」と言っているのが分かりました。
「さようなら、ありがとう」
私もそう言いながら、手を振り続けました。列車はたちまち小郡駅を後にしましたが、私の心はいつまでもあのホームに残っていました。


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