| そのドロッセルマイヤーに不思議な力を授かった女の子・あひるが、この作品の本来の主人公です。 あひるが鳥のアヒルの夢を見る、という作品冒頭の時点では、あひるは自分が人間の「あひる」だということを疑うことがありません(当たり前)。ところが、憧れの人みゅうとの危険を目にして駆け出した瞬間、彼女は自分がプリンセスチュチュになれることを思い出します。そしてみゅうとを助けた後に、今度は自分の本当の姿は鳥のアヒルであることも思い出します。 この2つを同時に受け入れることは、あひるにはとても困難なはずです。でも、みゅうとに笑ってもらいたいという無邪気で素朴な願いがあるが故に、あひるはそうした事実を受け入れ、相変わらず元気に動き回ります。事実を受け入れることは、人が成長するための重要なステップですが、この時点のあひるはまだそれを知りません。 あひるはチュチュの使命を知り、チュチュの掟--愛を告白すれば、光の粒になって消えてしまう--を知り、チュチュが「王子とからす」の登場人物であることを知り、といった具合に、次第に自分の境遇を理解していきます。でもそれは物語を知るという意味に留まります。つまり、あひるは「王子とからす」の登場人物となるための勉強をさせられていたわけです。 しかし、あひる/チュチュは6話で「チュチュが怖い」とみゅうとが震えるのを見てしまいます。それは「王子とからす」の物語にはなかった光景でした。自分の行いが相手にどう思われているか、あひるははじめて自分を外から見つめることになります。 それはあひるにとって辛い経験となります。その中でチュチュは一度は魔法を捨てようと、みゅうとに別れを告げますが、本来助けるべき相手に逆に助けられ、チュチュでいることを受け入れます(7話)。それでもあひるは悩みます。自分のしていることにはどんな意味があるんだろう。 そして、自分がみゅうとのためにしてきた行為が彼自身の手で否定されようとする--みゅうとが自分の心臓を砕こうとする--瞬間(8話)、チュチュはようやくその答えを見つけます。「ごめんなさい…私は、苦しみから助けてあげることはできないの」と涙まじりにみゅうとに語りかけるチュチュは、そうとは気づかないままに「王子とからす」という物語から小さな歩みを一歩踏み出したのです。この場面こそ、物語の主導権がドロッセルマイヤーの手を離れた分水嶺なのかもしれません。 ところが、チュチュの歩みを正面から受け止めてしまったみゅうとは、剣で自分の心臓を貫く代わりに「君が僕をどう思っているのか、知りたい」と、チュチュがこれまで見ぬふりをしてきた心の奥底を射抜いてしまいます。あひるは自分がただの鳥のアヒルであり、落ちこぼれ生徒のあひるであり、そして王子様の前ではプリンセスチュチュでしかないことに気づき、途方に暮れてしまいます。自分は誰、何をすればいいの? という問いはあひるにはあまりにも重く、彼女にはなす術がありません。 だけど、そうして自分自身を思い悩むことで、あひるには次第に自分を見つめる視点が生まれてきます。それは同時に他者に対する視点を育んでいきます。それまでは単に自分を邪魔する嫌なヤツにしか過ぎなかったふぁきあが、実は自分以上にみゅうとを心にかけていたことを知り、あひるは改めて自分の世界の小ささを知ります。 そのことに委縮せず、ポジティブに生きていくのが、あひるのいいところです。辛い出来事が次々とあひるに襲い掛かりますが、彼女はそれを背伸びしない範囲で少しずつ乗り越えていきます。それがあひるの世界を少しずつ豊かに、そして強くしていきます。 こうしてあひるは、あのふぁきあと一緒に最後の決戦場に向かうまでに成長します(12話)。自分がふぁきあをどう思ってきたかを正直に話す姿、そしてみゅうとに何を感じてきたのを有り体に話す姿には、もう序盤での単純な考えはありません。 でも素直さを失ったわけでは決してありません。自分が話すことができる相手を素直に信じることができたから、あひるは自分の本当の姿＝ただの鳥のアヒル＝をふぁきあに明かしたのでした。 そしてついに、チュチュはクレールと最後の決戦に臨みます。一度は「王子とからす」の闇の中に沈むことを決意しますが、ふぁきあに助けられたチュチュは再び自分を取り戻します。そして目の前でふぁきあが倒れ、「お前はみゅうとの未来」という言葉を聞いたチュチュは、悲しみの中からやがて新しい自分の姿を見い出します。 「今、私はプリンセスチュチュ」そして「私は、消えない」と誓う時、彼女は自ら殻を破りました。最初はおぼつかない足取りですが、自分を支えてくれてきた人達の思いがその足取りを支え、チュチュはついに勝利を手にします。 でも、これだけではまだ新しいチュチュは生まれません。せっかく殻を破っても地上に出なければ、雛として成長してゆくことができません。チュチュはみゅうとと脱出を試みますが、闇が2人を包んでしまいます。 このままでは、という時、小さな光が2人を招いたのです… |
 |
 |
 |
| 扉ページに戻る | 前のページへ | 次のページへ |